2013年09月02日

親が変わるということ 2

具体的に 親が変わるということを

私なりに考えてみました

両親が変わり 同じ考えで向き合う事が

一番大事だと思います

両親が子供のことで言い争いになることは

絶対にしてはいけないこと


隠すこともいけませんが

必要以上に 言い争う場を見せる必要もないと思うのです


ですが

子供たちがどう受けとめるかと言う問題もありますが

自分のことを真剣に考え 話し合ってくれているということも

大事なことなので

臨機応変なのかもしれません

コソコソした感じもよくないと思いますよね


次男の中学の校長先生は

親は試されていると言いました

本当にそうだと思います


親が自分のために何をしてくれるのか

そういうことだと思います

親中心で 物事を考えるのか

先生中心で考えるのか

子供のことを考えて行動してくれるのか

子供たちはしっかり見ているんです


親が変わるということは

不登校になったことは親のせいえはないにしろ

親も今までの自分の考え方 行動を反省する必要があると思うのです

子供にとって 今 何が安らぐのか

どう接すれば  心穏やかに話しあえるのか

考えてあげることから始まるのではないでしょうか


posted by えんじ at 19:32| コメントに寄せて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月15日

親が変わると言う事 子供は変わろうといている

更新のないブログを日々ご覧頂き感謝いたします。

思い出しながらまた書いてみようと勇気を頂いております。


親が変わると言う事 子供は変わろうといている

私の場合 
何かと心配性で先手 先手で話すタイプの母親のようです
そのため子供たちは自分でまだ経験していないので
意味がわからないまま 聞き流すというような感じ
ガミガミ 口うるさいわけではないと思うのですが
聞かれる前に 意見を言うようなとこもある
「こうした方がいい 」 「こうがいいよ」と なにかと口出しをしていたよう

のちにお決まりの
「だから 言ったでしょ! 」とよく言っていたような気がします。

この行為が子供たちの自主性を閉ざしてしまっていたようです。
大げさに言うとあまり自分の言葉で自分の考えを言う子たちでは
なかったのです
よく言う 大人しい子と言うことです

そのため
学校へ行きたくない理由を聞いてもだまってしまう
だから
「こうだったんじゃないの? 」
「こんなことがあるんじゃないの?」と聞いていた

でも何も話してくれない
言いたくない 話してもわかってくれない

そんな風に親を思ったようです 悲しいことです

私はどうしたらいいか 悩みましたが
子供は何かがきっかけで今までの自分は嫌だ 
もう 学校も嫌だ 友達も会いたくない

ならば 親の私たちも 子供に対する
考え方や 接し方を変えないといけないと思いました

それからの私は私なりに子供たちへの接し方を変える
努力をしまいた。

以前のように学校へいけるようになるのではなく
自分らしく 自身をもって生きていけるように
学校はいつでも行ける 自分が納得したときに
考えればいい
生き方は人それぞれ いろんな生き方があるんだと
子供たちが自分に自信を持って生き生きと生活できるよう
努力しょうと思いました

それからは見守る毎日
こちらからは何も提案はしません
次男の場合
主人と相談して 学校を全欠席にすること
一旦は毎日のクラスメートの訪問も断わり
次男がゆっくり考える時間を作ることにしました

主人と二人で学校へ行き 校長先生
担任の先生 学年主任の先生に
話したときはわかってもらえるか
ドキドドキでしたが 幸い 校長先生が
すばらしい方で親が何を言いに来たか
察してくださりました

自分の言葉で考えが言えるよう
自分の考えで行動が出来るよう
見守ることにしました
無理強いはしない 

相談はしっかり聞く 全部聞いてから話す
私にはとても難しいことでしたが ぐっと飲んで
しっかり話を聞くようにしました。

出かけることの誘いも普通の日であるとか
気にせず 誘いました
本人は学校へ行かないことを悪いことと思っていますから
そうではないことを示すには親が気にせず接することと思いました

学校へ行かないことを認められなかったことを
いけなくていいと 認める
勉強しなくてもいいと認める
やりたいことをやっていいと認める

そうかんがえて見守ることにしました。



posted by えんじ at 16:32| コメントに寄せて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

1年見送ってスタートした高校生活

不定期な更新にもかかわらず
訪問ありがとうございます。

1年遅れてスタートした高校生活
夕方5時までに学校へ行きます。
家から駅まで自転車で12分位、それから電車で一駅です。
駅からは歩いて5分ほど近い場所に学校が有ります。

時間的には普通科の生徒さんが
ちょうど下校時間帯とぶつかるんですね。
同級生とも会うようですが
こちらは登校になるので逆になりますから
会話は挨拶程度だったようです。

クラスは各学年1クラスづつです。40名程。
社会人の方は2人、年上らしい方なのか
同い年なのか解らない方が数名で
後は皆さん現役で入学した生徒さんが大半でした。
意外にも女子の生徒さんが多かったのに驚きました。
女子と男子の割合がだいたい半々なのです。

学校に慣れてきた
息子は友達の話を聞かせてくれました。

四季を問わずいつも半そで半ズボンでサンダルで来る子
でも走るのが速く面白い子だと。

車が好きで車やゲームの話をする子
少し付き合いの悪いとこがあると。

胃腸が弱く具合が悪くなって早退がちな子
でも根は明るい子

お相撲さんみたいに太っている子

頭が良く面倒見の良い子
いつも勉強を教わっている

友達になった子のことを話してくれました。

社会人の方は30代と50代で
50代の方は色々教えてくれて
行事や体育など一生懸命取り組む事など。

そんな様子を聞きながら息子の高校生活を
想像していました。
1学年の間は
休まず登校する息子に安心していました。
1日も休みませんでした。
風邪を引いたときや雷雨の時など
「休んだら」というと
週に1時間しかない授業などが当たると
「休めないよ、単位が取れなくなる」と言って
がんばって行っていました。

2年の時夏休みに友達が泊りがけで
5・6人とまりにきました。
失礼な言い方かもしれませんが
どんな子達だろうとちょっと構えて待っていました。

みんな息子よりひとつ年下の子です。
挨拶も出来て元気な子ばかりで驚きました。
ちょっと暗めな子を想像していました^_^;
なるほど息子の事は”さん””君”づけで呼んでいました。

3年になった最近も良く遊びに来てくれるんですが
呼び方はあまり変わっていないようで
息子が「呼び捨てでいいよ」と言っても
”君”づけで呼ばれるそうです。

同じように不登校で家に居た妹が
受験を前にやはり現役で入るか
遅らせるか迷っていた時期がありました。
その時息子と娘と私と3人で居ました。
娘と私が進路のことで話していたんですが
その話に息子が加わるとは思っても見ませんでしたが

「高校へ行くんならなるべく現役で入りなよ」と

「そうなの?」と私が聞くと

「そうだよ、自分は普通に付き合ってるつもりでも
相手が先輩としてみるんだよ」

「タメグチが聞けるような付き合いができる方がいいよ」と

「そうなんだ」と感心してしまいました^_^;

黙って元気に登校しているようでも
考えるところはあったようです。

この会話で娘は現役で入学したいと決めたようです。
ですが通信制に入学した娘に出来た友達は2つ年上の子でした。
これがまたあっけらかんとしてるというか
タメグチで付き合っているようです^_^;

これを考えるとやはり友人の事は本人次第と言うわけで
親の出る幕ではなかったようです。

本人が外に出て行くためには相当の勇気と自信が必要です。
自分で歩き出せるまでには迷いや不安が有ります。
そんな時、相談相手になってあげられるような
環境を作っておいてあげることが大切だと思いました。

見守るとは子供が助けを求めた時にいつでも
相談にのれる体制で居てあげる事ではないでしょうかね。

次はアルバイトをはじめるまでを書いてみたいと思います。


思いつくままに書いております。
言葉足りない面もあり、ご理解できない点もあるかと思います。
ご質問等ございましたらどうぞお寄せください。
誠意を持ってお答えしたいと思います。
よろしくお願いいたします。

心無い書き込みはご遠慮ください。


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posted by えんじ at 17:33| Comment(2) | TrackBack(0) | コメントに寄せて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月02日

一年間のブランク

1年間同じ高校を目標に生活してきた事への
がんばりを褒めていただき恐縮です。
ありがとうございます。

私たち両親は次男を学校へ行かなくとも良いと
決めた時高校3年卒業する歳までに
自分の生きる道を選択してくれたら良いと
そこまでは面倒を見ようと思いました。

その事は本人にも話しました。
「18歳までに自分の生き方を見つけなさい」と
妹もいるのだから両親が面倒を見てあげるにも
経済的にも限界があると話しました。

普通に登校している子でも
最短でも高3までは親掛かりです。
みんなバイトはしていますが
自分のお小遣いです、学費を払うわけでは
ないですからね。

長男は短大に行きましたが
卒業するまでバイトもせず月のわずかな小遣いで
いやとも思わず学校へ行っていました。
バイトを禁止していたわけでは有りません。
むしろアルバイトをして欲しかったんですが
とうとうしませんでした。

ですから次男こともそれまでは黙ってみていようと
18才になって「高校へ行くよ」と
言えば「わかった」と認めるつもりでした。

「なぜ義務教育でもないのに高校へ行くのか」と
聞かれました。
その時、話した事は
自分にとって高校が必要か必要でないかという事です。
他に目指すものがあれば進めば良いし
なければ高校へ行って学びの中から見つければいい
大学も同じだと話しました。

今はあたり前のように進学が決められています。
だからみんな進学します。
同学年の中で就職は2人でした。

おそらく目標を持って進学している子は僅かではないかと
思います。登校している子だって迷っているんです。

でも今の社会は学校の甲乙は有るかもしれませんが
高卒資格程度がないと希望の所に就職できない場合も有ります。

それと人とのコミニュケーションです。
高校は教師との接し方も校則など小中学校とは違うと思います。
義務教育では有りませんから
自分で望んではいるという意味を話して聞かせました。
そういうところから
社会へ出て行くための社会性がある程度身につく場でも
有ると話しました。
だから学習だけを学ぶ場では無いと言う事を

幸い息子はこの時点で
「車の整備士になりたい」という目標がありました。
どこに目標を持てばよいかが親には検討が付きましたので
「高校は通過点と考えればいいよ」と話しました。
どの高校に入っても後は自分ががんばれば
ある程度の専門学校へ入れるだろうと思ったのです。
この高校でなければ進めないという場合も有るでしょうが
息子の場合はそうではなかったので。

目標をもっていなかった頃
漠然と「高校くらい行ってないとだめでしょ?」と
言っていた頃が有りました。
その頃は
「高校はいつでも入れるから自分が学びたい時に学べば
いいんだよ」と話してました。
働きたければ働き先を探そう
勉強したい事があるならどうしたら学べるか調べよう
常にこう話してきました。
そして「車の整備士になりたい」なのです。
どうしたら整備士なれるのか
調べた結果高校資格が必要だったのです。

現役で受けるか来年にするか
これは即答でした。「来年にする」と。

「自分の入れるとこならどこでもいいよ」と言う事でした。
田舎ですし全欠というハンデもあります、入れる高校は限られます。
いくつか上げた学校の中から
今、通う定時制を選びました。
本人が選んだ基準は単純で
・合格評価が甘いという点
・家から近いという事。
・同級生と会う確立が低いことです。
学習に自信が有りませんでしたから。
電車で遠くまで行きたくないということも。

社会人の方もいますが当然年下の子といっしょです。
「同じ中学からも下級生が行くかも知れないよ」と。
「それでもいいの?」と聞きました。
「同級生とは行きたくない」とのことでした。
その言葉を聴いてそれ以上は聞きませんでした。

「覚悟を持っていくんだな」となんとなく感じました。
それに親としては全欠でしたからお互い知らないと思ったんです。
知らない中に入っていけると思いました。

ちょっと夕飯の仕度に(>_<)
続きはまた書きます。

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posted by えんじ at 19:46| Comment(6) | TrackBack(0) | コメントに寄せて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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