2005年06月14日

家族が増えて

とうとう我が家で犬を飼うことになりました。

長男も飼いたかったけど「飼えないで我慢してた」と
後で言われました。
歳の離れた長男はワンコが家にやってきた2ヵ月後に
就職のため埼玉に行きました。
「せっかく家で犬が飼えるのに」と寂しいかったと
のちのち言われました。
娘は「欲しかったけど犬は怖いと思っていた」と
最初は小さかったけど「怖かった」と話していました。

こんな思いをそれぞれ持ちながら
主人が苦心して犬小屋を作り
次男が中心で面倒を見る
私が最終責任を負うことで飼い始めました。

次男は毎日散歩に行きゲームの回数も減り
犬と庭で遊ぶなどの時間が増えました。
散歩も朝晩2回なので大変ですが
雨の日も行っていましたね。
この頃から自転車で買い物に出る機会が
以前よりも増えて
気持ちが明るくなってきた気がしました。

本当に無理をしても飼う事にしてよかったと
反対した祖父母もやはりいれば可愛くなるようで
話しかけたり、娘と買い物に出た時などは
ドックフードを買ってくれたりと
コミニュケーションが出来てきました。

幸い大人しく弱々しいなと思った犬でしたが
今は逞しく成長して人が来ると吠えるので
番犬になっています。
主人や祖父母もその点で今はだいぶ妥協しています。

次男は無条件で自分に慕うワンコがかわいくて仕方ないようです。
この愛情が必要だったんですね。

いつものゲームとテレビとパソコン、プラモつくりをする毎日に
犬の散歩が加わって近所の人や同級生のお母さん達に
会ったりする機会が増えました。
ですがやはり同級生には会いたくないので
登下校の時間帯を避けての散歩の毎日でした。

何気ない20分ほどの散歩ですが
どれほど貴重な時間だったかと
私は感じています。



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2005年06月11日

通知表の評価

次男が登校しなくなって始めての通知表

最初に担任の先生に「評価は1になるかも知れません。」と
言われました。

登校しないテストも受けないのですから
仕方がないと思う私達でした。
その時は「1 か」と「仕方ないのかなあ」と
思う程度でした。
一応本人にも確認をして担任の先生に
納得していることを報告しました。
本人は成績なんてまるで考えに有りませんから
どうでもよい感じで納得するもしないも無い感じでした。

私は主人に「評価は全教科1だって」と
ちょっと寂しい気持ちでこぼしました。
主人は「仕方ないだろう、それが現実なんだ」と

それから終了式までの間に
担任の先生が連絡をくださいました。
「教科の評価について考えました」と
私は何事かと約束の時間に学校へ行き
担任の先生と面談しました。

「1をつけるにはそれなりに評価基準がある」とのことでした。
それの意味も私にもわかります。
1から5までの評価にはそれぞれ基準があると
「授業もテストも提出物も無いのに何を基準として評価するのか」と
言うのです。わざとしているわけでないのに
1と評価するのはおかしいということでした。
「評価なし」で担任のコメントのみで残したいとのことでした。
担任の先生は校長先生に掛け合ってくださったようで
他の教科の先生の中には反対の先生もいらしたようです。
最後は校長先生の判断で「評価なし」なりました。

親としては嬉しいことでしたが
がんばって毎日学校へ行って授業を受けたり
行事や部活をこなしても納得いかない評価をもらいながら
登校している生徒の皆さんがいます。
改めて「評価の数字の重み」を感じました。
3・4をあたりまえのように見ていて5があると
「おおー!」と家族で喜んでみたり
2が有ると「この教科なら仕方ないか」みたいな
1はめったにとらないでしょうなんて

あたりまえのことではなくすごいことなんだと
思いました。

「評価なし」は進学についても
判断基準が無いでしょうが
あくまでも親としてはそれでよかったと思っています。

娘も同じようにして頂きました。

一つの例であって
良い悪いの判断は人それぞれとご了承下さい。



posted by えんじ at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 次男のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月09日

我が家にワンコがやって来ることに

変化の無い毎日を2年あまり過ごし
何か欲しいと悩んでおりました。

校長先生から「親が試されている」といわれ
なおさら何とかしなきゃと

そんな時主人の仕事仲間の方が

偶然にも「犬を飼わないか」と電話をくれました。

久しぶりの友人からの電話で「犬を飼わないか」は
「どうして」と思いましたが

東京に住んでいる友人はやはり友達の家の犬が
子供を生んで引き取り先に困っているとのことでした。
テリア系の雑種で2ヶ月の子犬でした。

犬は子供達が以前から飼いたがっていましたが
主人もアレルギーがあり 好ましくなく

祖父母も庭を荒らすとかで動物を飼うことを好みませんでした。
だから子供達もずっと我慢してきました。

私も嫌いではなかったですが
生き物を飼うというのは大変なので賛成派ではなかったのです。

ですがチャンスです。
次男はハムスターが欲しかったのですが

それだけは私が無理でしたので
犬なら仕方ないなと思いました。

主人も賛成はしませんでしたし
第一祖父母が承諾しないと主人も賛成しませんでした。

でもその時の私達には犬を飼うということは
大きな環境の変化です。

家族が反対することを親が説得して
飼える様になったら

ひとつ親の役目が出来るみたいな気持ちでした。
主人にそのことを話し

焦っているわけではないがいい機会なのではないかと
次男は親戚の家で買っているシーズーが大好きで

誰にも見せたことも無いような笑顔を見せてくれるのです。
「犬は自分だけを見てくれる」といった時も有りました。

駆け引きの無い真っ直ぐな愛情がその犬に感じた気が
して母親としてショックだったことを忘れることが
出来ませんでした。

主人を説得して祖父母に了解を取ってほしいと頼みました。
主人も状況がわかっているだけに何とかしなければと
いう思いは同じでしたから苦しい中での選択を
承知してくれました。

何日もかけて「環境の変化が必要だ」と言うことを
丁寧に説明して納得してもらいました。

ですが残念なことに子犬が死んでしまったのです。
せっかくもらえることになって

子供達は大喜びでした。

次男も「えー、そんな無理しなくても」とまで言って
「ありがとう」と言ってくれ楽しみにしていました。

せっかく話が進んだのに壊すわけには行きません。
外で飼える育てやすい雑種を飼おうと言う事にしました。

毎週日曜日にホームセンターの駐車場で
里親を探しているボランティアがあると聞いて
行ってみる事にしました。

主人が犬小屋を作り、午前中子供達と手伝って
午後から長男と私と子供達と貰いに出かけました。

沢山可愛いワンちゃんがいましたが
外で飼うということで大きさや犬種が限定され

冬でしたので寒さに耐えられるよう毛がふさふさがいいとか
アドバイスを受けて次男が選び頂いてきました。
あれからもう5年になります。

今もワンちゃんは良き番犬で我が家のアイドルです。

そして家族の救世主で次男の自立への最大の功労者です。


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2005年06月08日

変化の無い毎日

学校へも行かない
友達とも会いたくない
勉強もしない
でも何も困らない

友達とは電話が来たりすれば出ますし
遊べる時は遊んでました。
でもほとんど一人でゲームやパソコン・
プラモデルつくりの毎日で
気が向けば隣町まで自転車で買い物に
朝は8時過ぎに起きて夜は12時くらいには寝る毎日
食事も家族と一緒に食べて
祖父母がいましたから一緒に話したりテレビを見たり
庭仕事を手伝ったり

兄弟とも変わりなく接していました。
兄妹も親がそれほど心配するそぶりを見せませんから
普通に接していました。
長男は時々「どうするんだ」と私に話してくることは
有りましたが「大丈夫きっと歩き出すから」と
言っていました。

こんな日々が1年くらい続き
2年の3学期になった時
さすがの私達両親も進路について考え出しました。
すぐに進学は考えていませんでした。
高校卒業の歳までは黙って見守るつもりでしたから。

担任の先生も承知していましたので
進路について本人に問うことは有りませんでした。
ですが
何か環境の変化、気持ちの変化が出来ない物かと
模索し始めた時
校長先生から私に「親が試されているんですよ」と
ドキッとするような言葉を貰いました。
親が自分のために何をしてくれるのか
次男がはっきりとそう自分で感じているわけでは
無いでしょうが、
校長先生はそうおしゃったのです。

私達に何が出来るんだろう。
ほしい物やしたいことを聞いても「特にない」というし
何がしてあげられるんだろうと考えましたね。
本当に真剣に。
兄弟が不公平にならないように
その上で次男が喜んでくれることを。




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2005年06月07日

将来の目標のために

登校することが目標でないことを
先生方に理解して頂き
将来自立して生きていけるようになるために
何が必要なのかを模索し始めました。

登校しなくてよいということで
次男はだいぶ気持ちが楽になったようですが
不安がなくなったわけでは有りません。
学校に行かないということが
どんな影響を及ぼすのか次男には実感が無いでしょう

親はそれなりに考えられることが有りますから
そこに直面した時に次男がどう、切り抜けて行ったらいいのか
考えます。でもこれも大きなお世話なのでしょうね。

半年ほどクラスの子が毎日放課後
次男に会いに来てくれました。
毎日2.3人づつが連絡事項を持ってきたり
30分くらい話したりゲームをしたりしていきました。
これは担任の先生の配慮で
「みんなが心配しているよ待っているよ」と言う思いからでした。

学校は毎日放課後部活が有りますから
部活担当の先生への許可や色々と骨を折って頂きました。
が、本人にとってはとても苦痛なことで
気の合う友人ばかりでは有りませんから
段々と気が重くなりました。
生徒の中にも「部活がサボれる」というような
風潮が流れあまりいい環境とはいえませんでした。

せっかく担任の先生が配慮してくださったのですが
勇気を持って断りに行くことにしました。
これも私の役目でした。
先生は残念がりましたがお互いによい方向へ
向いているとはいえませんでした。
仕方が有りませんよね。

これで本当にクラスメートとも余りあう機会も無くなり
学校とも遠くなり
気持ちの上では一人になった時期です。

この時期次男は何を考え始めていたのでしょうか
とても必要な時間だったことは間違いなかったようです。



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2005年06月06日

次男の成長

先日次男のアルバイト先に中学時代お世話になった
校長先生が尋ねてきたことを書きました。
金曜日に校長先生が家にも立ち寄ってくださいました。

次男を訪ねた話を報告に立ち寄ってくださり
忙しい中、恐縮でした。
学校が私の家のすぐ側と言うことも有り
先生の学校の生徒がこの中学でバレーボールの試合を
しているので観戦に来たと言うことでした。
本当に相変わらずまめな先生です。

次男については「たくましくなってすっかり自立しましたね」と
行ってくださいました。
親から見たらまだまだですが不登校の頃の
次男を見ている先生には成長が見られるのでしょうね。
次男は体も小さく色も白くて弱々しい子でしたが
今は体も大きくなり真っ黒になって働いています。
そんな姿を見るのは先生にとっても驚きだったかもしれません。

まだまだこれから本当の社会人ななっていくまでが
大変と思っています。
ここからが父親が心配している部分でしょう。
男として社会でどう生きていくか
母親はその点のほほんとしています。
その時その時に直面したことを解決していく力が
有ればよいと。
甘いでしょうかね。



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2005年05月31日

驚きの再会

金曜日の午後
次男の働くバイト先に中学時代お世話になった
校長先生が訪ねてくださったそうです。

校長先生は昨年まで県の教育機関の方に勤務して居りましたが
今年から同町の中心中学の校長として赴任しておりました。
親としてはまた現場に戻り子供達を見てくれることに
大変喜んでおりました。
うちにはもう中学生は居りませんが
あのような教師が現場にいてくれることが嬉しいと思いました。

さてバイト先に訪ねられた息子は驚いたようで
それより驚いたのが店長さんで
従業員3・4人で開店当初から息子もバイトをしておりますので
だいぶ気心は知れていますが驚いたようです。

先生がお帰りになった後
「中学時代どれほど悪だったんだか」と言われたよ。と
「誤解は解けたの?」と聞くと
「なりにね」なんて感じで笑ってましたが

たまたま通りすがりでとはいえびっくりです。
卒業して3年、先生が転任されて4年目になるでしょうか
気にかけてくださっていたと思うと
親としては嬉しいですが
何も知らない人はそうは思いませんよね。
どんな会話になったかわかりませんが
良し悪しなのだと思いました。

親としては感謝です。
成長した姿を見ていただけたことも嬉しいです。
が、子供にとってはやはり先生は先生ですね。




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2005年05月19日

最近の次男

校長先生に親の気持ちをわかって頂き
家に帰り息子に話すとホッとして私に倒れこんできました。
私はしっかりと抱きとめ抱きしめました。
本当に良かったと心のそこから思いました。
それからは「朝はきちんと8時頃には起きる」と言う約束を
父親と交わし自由に1日を過ごしていました。
ゲームやパソコン、車のプラモデル作り
たまに隣町まで自転車で買い物にと
少しづつ行動範囲も広がってきました。
隣町に出かける時は一人で出かけた時は学校に連絡をしました。
もしも補導されたりした時のために
昼間中学生がうろうろしていてはやはり変に思う人もいるでしょうから。

**************
最近の次男は朝の9時に家を出て午後4時までバイト
その後定時制高校に通い学校が終わると
友達と遊んで
車いじりが大好きでドライブが大好きで
バイト代は車代でほとんど消えてます。
昨日はバイトが休みの日で長男の居る埼玉に遊びに行くはずでした。
高速道路のサービスエリアでジュースを買っている際に
サイフと携帯電話をなくしてしまいました。
大変なことになりました。
反省はしていますが
最近の次男はどこか抜けてるような感じで
いい加減なところがあって気になっていました。
この機会に少し言い聞かせましたが
わかってくれたかどうか
困った物です。



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2005年05月17日

すごい先生との出会い

私たちがここまで来れたのは幸運にも先生方に
恵まれたことでしょう。

不登校と言う違う世界のことのようなことが
私たちに考えもしない出来事が起きたのです。

田舎の生徒数も少ない学校でうちの子が
学校へ行かないなんて

本当に無知な私たちに勇気と自信を与えてくれたのが
当時の校長先生と担任の先生でした。

主人と話し合い決意を持って学校に
「登校することを目標とせず将来に向けて考えたい」と
話そうと学校へ行きました。

ですが校長、担任、学年主任を前にして
なかなか言い出せずしかも担任は登校を目的とした
話をしています。主人もあまり積極的な方ではないので
中々言い出せずにいました。

すると校長先生が

お父さん、お母さんの心配は私達には計り知れない物でしょう
ですが○○君を信じてみてはどうですか、登校しないと言う選択は出来ませんか
」と


私たちにとっては驚きと心を見透かされたような気がしました。

校長先生からこのような言葉が出るとは思いもしませんでした。
担任の先生は驚いてしまいましたが
私たちは実はそのことをお話に来たと伝えました。




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2005年05月14日

登校することが目標でない選択

久しぶりに次男の続きを書くことにします。
前回は「自宅学習に入るまで」と言う日記で終わっています。

何かスッキリしない毎日でした。
本人が一番、ちゅうぶらりんだったかもしれません。
毎日「今日は行くのかな?」と思い
ですが私の気持ちの中では「行けない、行かない」と思っているんです。
先生も「今日は来るかも知れない」「来るように気をひかないと」と
毎日待ってくださっています。
でもその状態がなぜか私たち家族には不安の落ち着かない毎日のです。

こんな状態では先を考えることも出来ないし落ち込むばかりです。
主人と話し合いどう進むべきかどうしたいのかを考えました。
次男は今のところ登校する意志は有りません。
もちろん無理に登校させるつもりも有りません。

私は子供が生まれたときに子の子に何を望んだのかを
考えました。健康で元気に育って欲しいと願いました。
でも今の次男は元気も無ければ自分の意思さえもまとまらない状態です。
今の3年間よりどう生きていくかの方が大事だと思いました。
親は一生面倒を見てやることは出来ません。
兄弟もいます。兄弟にも迷惑をかけられません。
今、学校へ行けるように考えるよりも
次男が一人でも生きていけるように育てなおしと思いました。

主人は抵抗があったようです。「男は社会に出てもまれるのに
今、守られている状態で甘えてどうする!!」と。
その通りです。「そのために今があると考えようよ」と話し合いました。
答えは学校へ登校できるようにすることが目標ではなく
社会に出てどう生きていくかを目標にさせようと言うことでした。

子供が変わろうとしているのです。
親も変わろうとしなければかみ合わないと思いました。



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2005年02月18日

自宅学習に入るまで

その当時の私たち夫婦は
会話の有る夫婦だったと思います。
ですが主人の父が頑固な方で気持ちは優しい人なんですが
中々気難しい方でした。
主人も私も何も言えるような立場では有りませんでした。

そんな環境の中で次男が望むことを何か叶えて上げられると
いいのだけれどと先生にアドバイスを頂きましたが
息子に聞いたその願いとは
「ハムスターか犬が飼いたい」と
動物の無償の愛を求めたようです。
動物はうそをつかないと真っ直ぐに自分を見てくれるということのようです。
ですがなんでもないような願いですが
我が家にとっては難関なのです。
主人が動物の毛にアレルギーを感じるようで賛成できず
主人の父が庭(父が手入れをしていた庭)で飼うのはダメだと。
母も動物を飼うのは賛成してくれませんでした。
私は犬はOKなのですがハムスターはどうしてもダメでした。
最終的に1年後に犬を飼うことになるのですが
後から本人に聞いた話によるとハムスターが欲しかったようです。

息子の気持ちを癒して上げられる手段も無いまま
ずるずると同じ事を繰り返しましたが
10月も終わりの頃、自宅学習にすることにしました。
担任の先生が友人との交流がなくなることを心配して
家が近いということでホームルームの後
2.3人のクラスメートが毎日夕方訪問して
ゲームやおしゃべりをしてくれました。

ではまた明日。

*****************
本日の雑誌の購入は有りません。


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2005年02月17日

夏休みが終わって

夏休みが終わって、学校は連日、体育祭の練習です。
毎日毎日誇りまみれになって練習です。

やはり渋るのですが登校したり休んだりと
行ったり来たりの毎日です。

親は不安でいっぱいです。
次男はぎりぎりの感じで登校しています。
家に帰ってきても会話や笑顔は有りません。
こんな状態で本当に良いのかと疑問でした。
何とか体育祭には参加しましたが先が感じられませんでした。

祖父が好きなものを買ってやるから
学校へはがんばっていくようにと話すのですが
うなずきはしても納得はしていないよう。

部活は楽しいようで学校へ行くと部活まで
がんばって練習してくるのです。
でも休んだ日は練習できません。
先生は「部活に来れたら休んだ日でも来ていいのよ」と
そう言われてもいけるわけが有りません。
友達がなんと言うでしょう。

とうとう試合にも行けませんでした。
「行きたかったな」と一言漏らしていました。

学校へは行きたくないが
部活は行きたい
この気持ちの葛藤です。
毎日一人で「明日行く」と言い聞かせ戦っていました。
「行くって言ったら先生に電話しちゃって」と
「そうでないといけなくなるから」と本当に葛藤しているんです。
こんな日々の繰り返し
祖父母は「このまま1日も行かなかったらそれでいいと思ってしまう」と
一日置きでもいいから登校させるようにとよく言われました。

でも母親の目から見て痛々しいのです。
スッキリさせてあげたいと思うようになりました。
いえ
私が疲れたのかも知れません。

そしてまもなく自宅学習に入ることになります。

では今日はこの辺で

*****************
本日の雑誌の購入は有りません。


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2005年02月16日

夏休み

夏休みに入りなぜかホッとしました。
毎日今日は登校するのかしないのかと
思いながら居ますから段々と気持ちが疲れてきました。

夏休みは部活と学年行事が有りましたが
両方出席していました。
学年行事は親子で社会科見学でした。
1日バスで県庁などの見学です。
後からお母さん達がこの時のことを覚えていて
「そんな事になっていたなんて全然気がつかなかった」と。
学校外活動なのでがまんできていたのでしょうか

義父が入院していたことも有って
どこえも連れて行けなかったけど
仕方が無いと思いながら
「どこかへでかけたの」と聞かれたら
いやな思いをするっだろうかなど
親がすごくぴりぴりしていた気がします。

子供はそんな親の気持ちも行動も
全部お見通しで
親は本当に試されているといった感じです。

幸いに先生方に恵まれ本当に助かりました。
とりわけ校長先生の教育に対する姿勢には
本当に感謝、感謝です。
担任の先生には他の教科の先生達への盾になって頂き
それを校長先生が容認してくださったこと本当に感謝です。

夏休みがおわり学校は一週間後の体育祭に向け
毎日練習、練習です。準備と練習で授業はほとんど有りません。
これを気に登校できるようになるかなと望みをかけましたが
やはりそう簡単な物では有りませんでした。

ではまた明日。

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2005年02月13日

断ち切る

初めて相談らしい相談をすることが出来たのが
県内でも大きなボランティアの会でした。
教師を経て相談員となっている先生は
とてもお忙しい方でしたが快く電話で相談に応じてくれました。

親は何から話してよいのか
ただでさえ一歩引いた気持ちで居るのです。
それをわかってひとつひとつ紐解くように
聞いてくださいました。本当に心が休まりました。

その時言われたことが
「子供は変わろうとしているのだ」と
「何かを今有るすべてか何かわからないが断ち切ろうとしている」と
これはうちの子の場合ですが。
「断ち切る」とても寂しい気持ちがしました。
息子は学校を友人を断ち切ろうとしているのだろうか?

確かに親には子に対する理想がある。
先生はあくまでも願いであり理想で子供は思うようにはなってくれないと
自分の意思と考えをもって生きていくのだから
「ちゃんと自分で考えられる環境を作ってやること」と

考えてみると子供は
こう有るべきとか
こうしていかなければとか
人はこう生きるべきとか
決め付けたそれを常識と思っているような
事が私にはあった、だから悩みもしたし心配もした。
ちょっと気持ちを変えて見方を変えると
それが常識でも何でも無い。
方向性と生き方の違いになるようなことで
何も困ることではなかったのだ。

病気でもなければレールから外れたと
大騒ぎすることでもなかったのだと
考えるようになりました。

でもこの気持ちは主人にも理解してもらうには
かなり話し合いました。

何を一番に考えるかなのです。
息子が元気で明るく楽しい毎日を過ごせることを
願っていたはずですから。

だからといっていやなことから逃げるということではないのです。
受け入れてもらったことでいやなことにも立ち向かう勇気を
自分で作り出していくんです。認めてもらうことによって
勇気と元気が徐々に沸いてくるんです。

ではまた明日。

*****************
本日の雑誌の購入は有りません。


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2005年02月12日

悲劇のヒロイン?

あの頃の私は
借金と息子の不登校、義父の癌宣告とまるで
悲劇のヒロインのような?
そんな悲痛な顔は子供には見せられないと
がんばっては来たが本当に必死だった。

本当はどうやって暮らしていたのか
あまりに夢中で思い出せない部分も有るのです。

義父は手術をした方が良いと言われ胃を全部摘出しました。
義父を説得するのも大変でしたがそのお陰できっと
5年間入院せずに生活できたのだと思います。

この頃でしょうか学校に
「学校に行かずに中学生が家で遊んでいるのが居る」と
電話があったというのです。心当たりなんて何も有りません。
そういう土地柄なのかとつくづくいやになりました。

この頃の次男は家でゲーム三昧でした。
不思議と暴れるとか引きこもるとかそういうことが
有りませんでしたね。

同級生のお母さんの中でいじめで苦しんだりした
お母さんが今までは挨拶程度だったのが電話をかけてきてくれたりと
相談や体験談を話してくれましたね。
学校も相談活動をしているサークルのようなところを紹介してくれるのですが
私には気持ち的に余裕が無く、第一主人がそういう所を好まないのです。
私は本やインターネット、友人の話などきっかけが欲しく
情報をあさりました。ですが主人は一般的なことでしかないみたいな感じで
取り合ってはくれず、隣町の不登校の会に行ってみたいと言ったときも
あまり良い返事はもらえませんでした。

そんな時養護の先生が少し遠いところですが県内でも
大きな方の会を紹介してくれました。
電話でも相談に応じてくれるというので
早速入会しました。この出会いは親の考え方を大きく変えることに
なりました。

ではこの辺でまた明日。

*****************
本日の雑誌の購入は有りません。


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2005年02月10日

葛藤

次男の通う中学は全体でも260名以下の
小さな学校で3クラスにならない学年もあるくらいです。
先生方も10年近くも移動にならず残っている先生もいたり
以前は生徒も質が悪かったのですが最近はだいぶ落ち着いたようです。
各学年に不登校の生徒が一人いるかいないかの割合
それでも保健室登校している子が全学年で2人ほど居たようです。

次男も保健室登校を進められましたが
気が乗らないようで相談室での自主学習も提案されましたが
何回か登校してダメでした。
「部活だけでもよいから来ては?」と言われたが
授業を受けないのに部活だけ行ける訳が有りません。
生徒達が許すわけも無いと思うのですが
当然次男も断りました。

途中まで一緒に行くからと学校が見えるとこまで
一緒に行ったことも有りましたが
次男は学校が見えると足が一歩も前に出ないのです。
私は「どうして?」と歯がゆい思いもしましたが
ぐっと飲んで引き返したことも有りましたね。

陽の当たる部屋で二人で寝転んで私の子供の頃の
話や次男の小さい頃の話をしながら
なぜ学校がいやになったんだろうと話した時も有りました。
涙をこぼしてしまった私に
「おれ、死んだ方がいいや」と言われました。
本心ではないと感じましたので
「そんなこというもんじゃない!!」と叱った様な。

学校へ行かないからといって負い目をかけては行けない
悪いことをしてると思わせてはいけない
どんな状況でも家族なんだと悪いことでも
おかしなことでもないことを伝えなくてはいけないと思った。

ではまた明日。

******************************
本日の雑誌の購入は有りませんでした。


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2005年02月09日

想いのままに

書き始めたは良いが内容が
あちこちしてしまっています。
想いのままに4年前を思い出しながら
書いているので内容が続いていません。

まあ、誰に書いているわけでもないので
自分でわかればそれでよいのですが

「学校へ行きたくない」と言われた時

「そんな、どうして、何があったの?」
この言葉だけが巡らすのです。
原因ばかり追究して
育て方が悪かったのかとか
そんな育て方なんて何も無く夢中できただけ
私のせい?何が悪かったの?
そんなことしか考えられず。
世間の目が気になり、人に会いたくない。
教師に会うにもダメな親と見られるような気がして
いやだった。泣いて泣いて・・・・
それでも息子は何も話してはくれない。

主人は一人っ子
なかなか子供に恵まれなかった両親にようやく
出来た男の子。成績も良く人からも信頼される人柄。
父親も公務員で豪農の家の六男に生まれ新宅に出た。
母親も農家の出だが賢く和裁の上手い人で
私のように何も取り得の無い人間とは違う環境。

その長男の初めての子供が次男の兄
祖父母に可愛がられ育った6年後に次男が生まれた
祖父は孫は男の子というくらい男の子を望んでいたので
喜んでくれたが長男への可愛がりはまた格別で
次男を比べるようなところが合った。
次男にはそれが良くわかったのだろう
次男から3年後長女が生まれる。祖父母が高齢という事も
合って娘は私たち親が中心で育てました。
主人にとって待望の女の子。それは可愛がり
次男はそれも気になっていたのかもしれません。
祖父母が何でも言うことを聞いてくれる長男
娘に甘い主人、祖母は比較的そんな光景に気がつき
次男を可愛がってくれました。
私は母親として3人同じように接したつもりでしたが
やはり小さい娘に手が掛かっていたと思います。
そのうち次男はわがままを言わなくなった気がします。
何でも我慢してしまうような
それに親が甘えてしまった気がします。
【お兄ちゃんはおじいちゃん達にねだり
妹が両親にねだり
僕までねだったら悪い!】
こんなふうに思う子になっていたようです。

ではこの辺でまた明日。

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本日も雑誌の購入は有りません。





posted by えんじ at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 次男のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月08日

親の感

学校は何とか登校させようと
相談室や病院、カウンセラーや何とか団体と
次から次と紹介してくる。
しかし本人が受ける気にならないことにははじまらない。
本人が受けないとなると親が受けなさいと言ってくる。
町の相談室に行った時のこと
本人との面談
親との面談
三者面談と面談した挙句
結果報告の内容が本人の甘え!
教師の説得の甘さと来たから
担任の先生激怒!!!

「お母さんあの先生のカウンセリングなんて受けなくていいですよ」と
担任の先生が次男が甘え出ないと主張してくださるのは嬉しいが
職務怠慢のような言い方をされて激怒したようだ。
確かにがんばってくださっていたので怒るのも無理は無いと思う。

親は心配で心配でしょうがないが
子供にも状況が把握できていないのではないかと
あれこれ、わーわーするよりまずはそっと
しておく時間が必要かと思いそのようにしようとしてみました。

どんな病院に行っても相談室に行っても
最初はそっとしておくことがいいのかなと
ずっと思っていました。気にもなっていました。

なんとなく親の感

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本日も雑誌購入は有りません。


posted by えんじ at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 次男のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月07日

家でどう過ごしていたか

夏休みまで行ったり来たりの次男
では家でどう過ごしていたのか
次男の同級生のお母様方は興味心身だったでしょう。
とにかく朝は学校に間に合う時間に起こしました。
登校しようがすまいが関係なく
登校に間に合う時間に起こしたのです。
私と主人の間の決め事はこのことだけでした。
起きた後何をしていても何もいいません。
態度はいたって普通に。

でも時あるごとにタイミングを見て
気持ちを聞きだそうと話しはしました。
こちらの質問に対しては「わかんない」が大半です。
大本の理由は有るのでしょうが後のことは
自分でもどうしてよいのかわからないという感じでした。

気持ちをほぐすこと、家に居て安心させることに努めましたが
なかなか気持ちが開きません。
先生も空き時間を見ては訪問してくださいました。
私も先生とは良く話し合いました。

主人と私とが見解が違うのが一番よくないと判断した
私は何度も主人と話し合いました。
「男だから」と「このままでは社会に適応しない」と心配する主人
「わがままをとしていけない」と。
話は堂々巡りです。

友人や学校が病院を紹介してくれました。
「僕は病気じゃない」と行きたがりませんでしたが
割と体ががっちりしている割にはひ弱なので
この機会にと友人の進める医師に会ってみました。
診断は「慢性疲労性症候群」と診断されました。
本来大人に多いらしいのですが最近はストレスなどにより
子供にも多く見られるようになったということでした。
少しの間漢方を服用し食事にも気をつけて
体調も落ち着きました。

ではこの辺でまた明日。


posted by えんじ at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 次男のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月06日

夏休みが終わるのが怖かった

夏休みの間部活には出席していました。
この中学は部活に強制参加です。
帰宅部は相当な理由がないと認められません。
長男が通う頃よりはだいぶ良くなりましたが
なにかと校則に縛られています。

文化部は吹奏学部しか有りませんので
どうしても運動部に入るようになります。
次男も体を動かす方が好きなので
運動部に所属しました。
バスケがやりたかったようですが
身長が低いことを気にして入部しませんでした。
この身長が低い事は後々まで尾を引いていました。

無事夏休みも終わり私はまた新学期と
私自身が憂鬱になりました。
今思えばこれが一番良くなかっやような
子供に伝わるんですね。
子供は見ていないようで親や兄弟の
あれこれをよく見ているものなんです。

予感は的中です。

今日はここまで
少し風邪気味でまいっています。

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今日は雑誌の購入は有りませんでした。




posted by えんじ at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 次男のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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