2005年02月11日

あの頃の私

今日は少し自分の事を書いてみます。


主人は派遣社員という不安定な収入で
私は運転免許もないということで家で義母と
洋服のまとめの(ボタンをつけたりしつけをしたり)仕事をしていました。


以前独立してソフトハウスをしていましたが
上手くいかず購入したパソコン代とかが借金で残っていました。
余裕の無いぎりぎりの生活で両親と暮らしていなかったら
とうに 夫婦喧嘩をして別れていたかも知れません。


そんなぎりぎりの生活だから3人も子供が居たら
思うようにように流行のものも買って上げられません。

次男の友人達は裕福らしくゲームや外食と派手な暮らしぶりで
お下がりを着せられていた次男にはうらやましく見えたかもしれませんね。

今の時代です。そんなことも子供達には負い目かも知れませんね。
そんな生活でしたが次男は大人しいのですが何かと活発な方で
友達も多く、クラスの中でも信頼が有る方で好かれているようでした。
それだけに


「学校へ行きたくない」と言われたときは「ハッ」としました。
それでもけして何も言わない子なんです。

先生からも環境が変わると気持ちも変わるといわれ
旅行とか買い物とか外出をアドバイスされましたが
そんな余裕は有りません。


物は考えようで何も買わなくてもと思いますが
出かけることに余裕が無いのです。
それほど緊迫した家計だったのですが
先生にはそんなことは言えませんでした。

幸か不幸か義父が胃がんで入院しましたから
それを理由にしてしまいました。
そうそう義父が入院したのでした。胃がんも末期でした。


テレビのドラマでよく見る光景が今自分の目の前で
医師が話しているんです。
不登校も他所の世界のようなまさか自分にと言う感じです。
それが自分に降りかかっているんです。

幸い入院費とかは両親が自分達で負担してくれましたので
私たちは逆に食事代を出してもらったりガソリン代を出してもらったりと
助かりました。それでも細々した事に入院というのは掛かる物です。

ほんとうに「なぜ私に、どうしてこんな事に」と呆然としました。





posted by えんじ at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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