2013年09月06日

まさかの不登校

次男の様子がめだって変わってきたのは小学6年の終わりの頃だったような
気がします。小学校は休まず行くのですが中学の話になると
むっつりとして、「中学なんて行きたくない」と口にしていましたが
本当に行かなくなるとは思ってもいませんでした。

入学してまもなく朝の起きるのがおかしいのです。
みな自転車通学なのですが家から学校が近いため

徒歩で通学していた息子。徒歩通学はひとりでした。
でも家の裏がもう中学校のテニスコートなんです。

校門から登校するから2・3分歩きますが裏から行ったらすぐ学校。
体育など裏にいると見れてしまうのです。
娘はその近さが嫌と言います。

担任の教師は40代後半のベテランの先生。
息子が入学の年に転任してきました。

その前は隣町の中学で評判の素行の悪い生徒がいる学校から
転任してきました。不登校なんて当たり前の学校から

転任してきた先生は車で空いた時間を見計らい
迎えに来てくれました。無理やり乗せて行った時も
主人も車で無理やり乗せて行った時もありました。
先生が家に来て話を何度も聞いてくれましたが

息子の口から出た言葉は
「先生は待っててくれてなんかいない!」
「お母さんがいる時と自分だけの時では違うんだ!」と

主人と私はまずは途方にくれどうしたらいいのかと
主人は会社を遅刻してでも車で送っていったり

休んで1日、様子をみたりしたこともありました。
男親で有る主人の考えは子供の言うことを聞いていては
ダメだと、怠け心が出来ると、ここで登校させないと

大人になって仕事に就いたとき自分が苦労すると
男はこんなことではダメなんだと。
二人の兄妹にもよくないと、必死でした。

同居の両親も「親がしっかりしないから」と
「こまった、こまった」と繰り返す。
「欲しい物を買ってあげるからと」言ったりもして
私たちに内緒で約束をしたりしていた。

この繰り返しが一ヶ月くらい続き
同居の主人の父が吐血して入院しました。胃がんの末期と診断される

少し家の環境が変わり次男の気持ちも揺らぐかなと思いました。
私は子供たちが学校に登校後病院に行く毎日でした。

次男は多少休みながらもまた登校し始めたのですが
やはり行きたくない気持ちには変わりないようでした。

その内に英語の教科書が無い事件が勃発!
「家に探しに帰ります」と戻ってきてしまう。

もう前日に家族中で探してない状態で学校に行ったのに
先生にそう言ってかえってきた。
教科書は後ろの席の子が持っていた。
間違ってかばんに入れてしまったとの事。
私には信用できなかった。

ようやく夏休みに入り一息
部活には行くようになるのです。
でも登校するかしないかはその日の朝にならないとわかりませんでした。






posted by えんじ at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 次男のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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